エッセイ・コラム

Essays & Columns

シェル・ダイバーシティ戦略と日本企業のコミュニケーション戦略
初出:PHP International (S)10月刊行予定のムック本『赴任者のマネジメント・マガジン』

特別対談

日本型組織文化の呪縛を打ち破って、どう「多様性集団の中での受容性」を実践するか・・・・シェルグループ“ダイバーシティ・マネジメント”が警笛を鳴らす、日本企業のコミュニケーション戦略

シェル・ピープル・サービス
シニア・ダイバーシティ・コンサルタント ウーン・ライハ女史(Ms. Woon Lai Har)に聞く聞き手:河谷隆司(マネジメントコンサルタント)

2000年の4月にワシントンで開かれたDiversity Summitなる会議で、シェルグループのダイバーシティ本部のスタッフと筆者は面識を得たが、それがご縁で、昭和シェル石油のダイバーシティプログラムに女史と共に参画する幸運に恵まれた。

組織開発やビジネスの手法において「ダイバーシティ(多様性)をどう取り込むか?」は、日本企業がグローバル化する過程で解かなければならない難問である。シェルグループでダイバーシティ・コンサルタントととして世界を駆け巡るライハ女史と、日本企業積年の課題である「コミュニケーション問題」への対応法について、”Diversity Initiatives”(ダイバーシティ施策)の角度から率直に語り合った。

河谷:そもそもなぜシェルグループで「ダイバーシティ施策」が必要だとの認識がもたれたのですか?

ライハ:ダイバーシティという場合、略語でD&I(Diversity & Inclusiveness:ダイバーシティと受容性) を使いたいのですが、これはシェルグループの“人の戦略”の重要な柱で、シェルのコアバリュー(企業価値)である ”Integrity”(インテグリティ)”Honesty”(正直)”Respect for People”(人への尊敬)の「人への尊敬」に連なるものです。

なぜダイバーシティの必要性を感じたかですが、単に「人を尊敬しよう」と言っても、それが何を意味しているかを考えることの出来る概念的な枠組みというものがなければ機能しないからです。組織としてどのような行動が「人を尊敬する」行動なのか、どのような職場の雰囲気が「人を尊敬している」ことになるのか、コンセプトに意味を与えなくてはなりません。キャッチフレーズではなく、もっと深く「それはどういう意味か?」を定義しなくてはならないのです。

 グローバル組織には多くのユニークな個人が社員として存在しているし、顧客、サプライヤー、地域社会もある。これらはすべてピープル、人なのです。

河谷:インタビューの目的は、日本人読者に主に言葉の問題から起きる業務遂行や人事管理上のコミュニケーション問題に何らかのヒントを提供しようというものですが、ダイバーシティはその助けになるのでしょうか?

ライハ:そう思います。なぜなら、河谷さんの言われるコミュニケーション問題は、言葉の問題だけではないからです。言語は道具に過ぎません。コミュニケーションの概念を広げれば、意図、態度、共有と学び合いか指示命令か、等々の問題が潜んでいます。考え方を広げて、D&Iのいうコンセプトによって、言葉の問題を超越した発想をすべきだと思います。言葉のバリアは共通語を話そうという相当の努力をしなくては避けられませんが、コミュニケーション・バリアは同じ言語を話す人々の中でも起こります。

ですから、言葉が障害の一部分だったとしても、相手は自分とは違う発想をしていて当然だという認識があれば、まず相手を理解しようと努力するようになります。不確かな時には、自分に都合のいい意味に決め付けないで質問するという態度が重要ではないでしょうか。全く自分勝手な誤解かもしれないわけですから。

リークワンユー上級相(シンガポール)は「日本人は賢くて英語を読み書きはできるが恥ずがしがって話そうとしない」と言っています。日本人の英語問題は大変でしょうが、自分で障害を取り除かなければ誰も日本人を助けることはできません。

誰かと考えを共有しようとか、周囲に何らかの影響を与えようとするなら、英語でのコミュニケーションの必要性からエスケープすることは不可能だと思います。

河谷:なるほど。アジアのマネージャーに「日本人上司に異文化スキルと英語力のいずれを上達して欲しいですか?」と聞くと、8割は(言語以外の意思伝達の技術と態度という意味の)異文化スキルと答えます。

ライハ:その例は言葉以前に態度が重要だと言う証拠ではないでしょうか。日本人以外にも英語が下手な人はいますよ。南米の人間なんかはそれでも楽しんでますよ。笑って踊って歌っています。日本人よりもっとリラックスしている。日本人はシリアスですね。それとアジアの日本人と現地人の関係はボスー部下の関係なので、すでに一定のパワーギャップがありますから…..

河谷:日本人の方から下に下りて行って、コミュニケートする意思があるところを見せなければいけない?

ライハ:その通りですよ。”Inclusiveness”(受け入れること)のコンセプトが大変重要になってきます。

河谷:シェルでも言葉上のコミュニケーション問題はあると思いますが、言葉のトレーニングはありますか?

ライハ:特にありません。入社してくる人は英語が共通語だと考えています。例えば、中国の拠点なら英語もできる中国人を雇用すべきだし、日本に日本語のできない外国人をおく意味はないのです。日本なら日本語中心の方が効率的ですから。しかし、その彼が私たちの組織の中で、そして日本の外でも成功したければ、ある時点で立ち上がって英語をしゃべる必要があるのです。

 シェルも以前は世界中から英語のうまい人をたくさん雇っていた時代があったのですが、その結果わかってきたのは、彼らが必ずしも仕事ができるとは限らないということです。採用するときには英語のうまい人を雇うのは簡単ですが、上手な英語を話す人を強調し過ぎるべきではないということがD&Iプログラムを通じてわかってきました。

 逆に、どこかの国で英語がうまくない人を雇う場合、私たちの方が彼らをもっと理解すべきじゃないのか、能力で判断するべきじゃないのか、という意識がD&Iを通して芽生えてきています。シェルでは新人が一旦会社の門をくぐったら、社風が自然に英語に馴れることを助けています。彼らは英語で物事を理解するのにより時間がかかりますから、外国でビジネスを営むときには、彼らを少しゆとりをもって見るべきで、言語能力が低いだけで差別的な扱いにならないようにするべきだと思います。

河谷:日本に留学して帰国し日系企業に勤めるマレーシア人の動向調査をしましたが、完璧な日本語をしゃべる彼らですから、他の社員より“使われる”のですが、それに比例して満足感は高いかというと逆でした。彼らの実感では、自分たちのコミュニケーションスキルが役に立っているのに、それに応じた評価やチャレンジングな仕事、インセンティブがないことに、ストレスを感じているのです。大変口惜しい現実です。

ライハ:人の心理は苦痛を和らげようという方向に働きます。日本人のもっとも大きな苦痛は英語がしゃべれないことですから、彼らにしてみれば、自分たちと同じ言葉を話す彼らを心の杖として頼るのでしょう。

でも通訳以上には使わないということは、彼らを経営の重要な担い手として「受け入れよう」としない日本人の非日本人に対する態度の問題であるような気がします。この事例は、言葉を言い訳にして、その奥にはもっと深い文化の障壁があることを示しているのではないでしょうか。「受け入れる文化」と「除外する文化」の障壁が。

河谷:それに関連して経営側に聞きますと、「日本留学生を特別扱いする訳にはいきません。フェアに能力で評価しませんと」という声が多いのです。

ライハ:「特別扱い」という表現自体悪い言葉ですね。言語とコミュニケーション能力を評価基準の一つとして初めから公表すれば、もう特別扱いではなくなります。ITのスペシャリストが必要だとか、会計の専門家が必要だというのと同じように、言語スキルが組織の求める才能(talent)として位置づけられます。それだとスタッフも言葉を学ぼうというヤル気を刺激されますよ。日本語ができれば100ドルもらえるとか、日本語クラスを修了したら補助金を出すとか。

河谷:シェルではD&Iをどのように評価制度に組み込んでいますか?

ライハ:スコアカードを使っていますが、財務面と人の面があって、人の面にD&Iが組み込まれています。幹部クラスはD&Iを測るはっきりとした目標を与えられており、達成を義務付けられています。

河谷:経営層とスタッフ間の情報共有を図るためのツールにはどのようなものがありますか?

ライハ:まずは ”Employee Information(従業員情報)”―これはビジネスの方向や方針の発表、人事異動情報などを、マスコミで初めて知らされるということがないようなタイミングでメールで流す仕組みです。”Town Hall”―これは経営幹部が、何かのトラブルの結果や事業戦略などを町内会形式で説明したりするQ&Aの場。ウェッブサイトにも誰でも編集なしで参加できるチャットルームがあります。(河谷注:http://www.euapps.shell.com/TellShell/ かなり辛らつな会社批判もそのまま掲載されているのでぜひ訪問されたい) 成功した最近の例では、中国の拠点と地域統括の部門長(シンガポール)がビデオカンファランスを開いて、中国側にSARSの状況はどうかとか、会社に何をして欲しいか、などを中国側の社員に公開で話し合ったのです。これによって会社は彼らのことを大切に考えている(care)していること、仲間だということ、D&Iはスローガンではないということが伝わったのです。時には、ビジネス成果を犠牲にしても、社員の健康を心配するということを伝える良い方法でした。特に部門長はシンガポールにいて中国にはいないというバーチャルな世界でしたので、彼はビデオ形式をとったわけです。

河谷:これらはコミュニケーションの“ツール”ですね。ツールを生かすにはどのような心構えが必要だと思いますか?

ライハ:結局はどのようにコミュニケーションしたいのかという問題に行き着くと思います。コミュニケーションにおいては、真摯でオープンであるというように“見えなくては”なりません。ここは日本人が注意すべき点だと思います。日本人はラジオ体操とかキャンティーンで社長も社員も一緒に食事をするとか共有はうまいはずなのに、なぜ、そう感じられていないのかということです。これは単に言葉の問題なのでしょうか。日本人全体の態度の問題なのでしょうか。

河谷:日本にはホウレンソウという情報共有のやり方があって上手なはずなのに、なぜこうなのか。

ライハ:日本人は自分たちと同じ人種には極めて受容的(inclusive)なのじゃないですか?日本を出てスタッフが人種や国籍で多様になると、そのホウレンソウもうまくいっていないように見えます。日本人の受容性は「非多様性集団においての受容性」なのです。日本人のするべきことは、そのことをどう打ち破って、「多様性集団の中で受容性」(inclusiveness within a diverse community)を実践するかということです。

シェルがなぜD&Iかというと、シェルには好きであろうとなかろうと、ダイバーシティ(多様性)があるんです。ですからこのダイバーシティをうまく機能させない訳にはいかないのです。受容性をひとつの拠点や部門だけにとどめることはできません。なぜなら我々の集団が文化的に多様だからです。多様性と受容性(D&I)の両方が必要な所以です。文化的に多様性に富んだ集団の中で受容性が必要なのです。

河谷:なるほど。ホンネを言ってしまえば、日本人は腹の底では、単一民族集団がベストで、多様型の集団はセカンドベストだと思っているのかもしれません。

ライハ:考え方はわかりますが、創造性が必要になる世界では多様な集団の方がいい結果を出すのです。ダイバーシティの考え方は、均質集団よりも多くかかる時間と非効率と引き換えに、より多くのアイデアと成果を手にすることができるというものです。シリコンバレーを見てください。ダイバーシティがありますね。国籍、年齢、服装なんか無関係。

でもアイデアが生まれてきますね。ですからD&Iはビジネスにおいて十分リターンがあるのです。

河谷:そうですね。ただ日本人の現実は、比喩的に言えば社長であっても英語で5分以上スピーチができる人は少ないのです。そんな中でダイバースな集団から創造的なアイデアを生み出そう、なんて絵に描いたもちなのでは? そんなレベルの日本人がD&I施策を組織内に導入しようとすると、何だか膨大なエネルギーを必要とする気がします。

ライハ: 言葉の壁が問題だという考え方には反対です。D&Iはコンセプトであって、コンセプトを理解してそれが重要なものだとわかったら、それをホックにひっかけて、社内に浸透させるのです。そのホックは既に日本型のマネジメントの考え方(management value system)に存在する慣行の中からD&Iと似た意味を持っているものを探すのです。

それがホウレンソウなら、なぜ日本人はホウレンソウをそんなに重視するのかを自問するのです。それを広げて「日本が今後もグローバルプレーヤーであり続けたいのなら、ダイバーシティの部分を取り込まなければいけない」と考える。そういう風に発想を広げていけばいいのです。

バブル後の日本企業は世界中で大変苦戦しています。人心もネガティブ。ダイバーシティは日本企業が生き残るために飲まなくてはならない薬(medicine)なのかも知れませんよ。

(*対談はライハ女史個人の資格で応じて頂いたものでシェルグループの公式見解ではありません。)

対談を終えて

淡々と、しかし、隙のない語り口。これほどグサリと、日系企業への警笛を鳴らす声は久しぶりだ。

ライハ女史は、私が「日本人のコミュニケーション問題は言語上の障害が最大原因」とする誘導質問を牽制して、コミュニケーションの概念を広げて、意図、態度、共有と学び合いか指示命令か、等々の問題が潜んでいると反対し、対談中一貫して、コミュニケーション問題は言葉ではなく「態度だ」と言い放つ。

「言葉を言い訳にして、その奥にはもっと深い文化の障壁があることを示している。“受け入れる文化”と“除外する文化”の障壁が」に至ってはズバリだ。一度「日本の組織文化は受容的か、排他的か」との論題で価値観ディベートをしてみたらどうなるだろうか?

最後のとどめは、日本人の受容性は“非多様性集団においての受容性”の一言。これは私も“日本人は気配りをなぜ海外で外国人に忘れるのか?”と別のところで書いているので賛成である。女史の喩えに乗じれば“日本人は均質性と排他性”(Homogeneity & Exclusiveness)で勝負しているということになる。均質性なのは歴史的偶然であるから日本人が意図的に仕組んだ社会文化ではない。問題は、国家がグローバル化した以上、日本人の均質性をベースに、どう多様な外国人を受容するかだ。痛いところをズバリ指摘していただいたライハ女史に感謝したい。

(河谷隆司)

ダイバーシティ・プログラムとは ――――

「ダイバーシティ」は「多様性」という意味だが、多様性を生かす組織的取り組みとなると「ダイバーシティ・プログラム」とか「ダイバーシティ・イニシアチブ」と呼ばれることが多い。90年代に人事用語として普及した米国発の経営戦略。

その意味は「個人の持つ様々な着想こそが創造力の源泉であるという前提にたち、人の持つあらゆる特性やスタイルを受け入れる風土を作り、それによって個人の能力を最大限引き出し、組織の活性化と収益につなげる」一連の施策のことである。

施策には、様々な多様性施策の推進役を担う多様性委員会、意識付けのための多様性ワークショップから始まって、託児所整備・ワークシェアリングなど勤務環境向上の福利厚生策、部下の性別・人種の多様性実現度を報酬に反映させる評価制度、エスニック市場に特化したマーケティング戦略など様々なものがある。

日本でも日経連が平成12年に、人事労務担当者によるダイバーシティ・ワーク・ルール研究会を発足させるなど、日本型ダイバーシティの研究が始まっている。米国発であるものの、日本でも、日本IBM、HP、昭和シェル石油など外資系が先鞭をきって導入している。米国大手の多くは、Diversity ManagerやNational Director-Corporate Diversityなどのマイノリティ女性を中心とした多様性管理専門の役職をおき、陣頭指揮はトップが担うところが多い。

人材獲得戦争(War for Talent)時代に不可欠の施策として注目されている。


多様性戦略とボトムラインの関係

*多様性がボトムライン(企業利益)に直結する局面は以下の通りである。

採用と定着の促進

労働者の多様性はより多様な雇用形態を意味する。多様性を考慮した職場環境の整備は、有能な人材の確保と定着につながり、採用・定着コストの削減につながる。

組織の問題解決力・創造性の増大 

多様な労働者が職場に持ち込む着想や視点は、組織の問題解決能力と創造性を飛躍的に向上させる。新しい組織知が創造され、ニュービジネスが芽吹く。

多文化市場へのマーケティング

年間1兆ドルに近づくマイノリティ市場(米国)に参入するには、市場ニーズをつかむことのできるマイノリティ社員が一番である。販売・マーケティング部門の人種構成を市場や顧客の人種構成を反映したものにする企業も現れ、Ethnic Marketing Managerなるポジションもある。

戦略的提携能力の強化

多文化間のリーダーシップ能力とコミュニケーション能力が高まるので、国内外の研究開発、戦略的提携、M&A、サプライヤー管理、バーチャル組織運営がしやすくなる。

企業価値の増大

環境対策を含め、より公正で、倫理基準を持った企業が好まれるようになっているが、ダイバーシティ・プログラムを実践する企業もステークホルダーの信頼を集めることになる。

(DiversityInc.Com資料を参考に作成。ダイバーシティ関連情報は www.diversityinc.comへ)

BACK TO TOP

次の記事を読む

© Diversity Management Institute Inc.  All Rights Reserved.